5月
15
    
Posted (admin) in ブログ on 5月-15-2012

 
私と彼は駅に向かって歩いていた。 
 
「電車乗る前に、荷物取って来ていい?」 
「お仕事帰りなのね?」 
ロッカーに寄るのだと思い、そう言うと 
「んー。まあ仕事とか関係なく、いつも預けてるトコだから」 
彼は駅を通り過ぎてしまった。 
駅の裏にある、ビルに入っていく彼。私も慌てて後を追う。 
 
そこはトランクルームと呼ばれる施設だった。倉庫っぽいイメージがあったけど、エントランスがあって、中は明るくて空調も効いている。オフィスの中にロッカーをたくさん詰め込んだ感じ。 
 
彼はその一角にある、半畳大の立方体くらいの容積しかない一番小さなロッカーを開け、中から小さなキャリーバッグを取り出して着替えを詰めた。 
かなり中身を詰め込んでいるらしく、荷造り中に関係ないものが溢れ出てきていた。 
ダンベルとか、入浴剤とか。 
 
 
 
知らない場所にいるせいなのか、 
あまりに自分らしくない行動だからなのか。 
私は現実感を失っていて、 
会話もせずにひとごとのように彼の作業を眺めていた。 
 
 
 
駅に着くとすぐ電車が来て、小走りで乗り込んだ。 
何を話せばいいのかわからなかったし、相手はそんなに耳が良くはない。 
無理に話題を探さなくていいのは楽だった。 
 
 
駅前の商店街はもうシャッターが降りていて、街灯も心なしか暗い。 
商店街のエリアは石畳になっていて、キャリーバッグを引く音がガラガラ響く。 
 
「遠いの?」 
「石畳が途切れてからすぐ。駅から10分はかからない、かな」 
「へ~。家賃高そう」 
「暮らしやすさには変えられないわ」 
 
まっすぐ歩けば家に着く。 
「ちょっと待っててね」 
散らかってると言ってもたかが知れている。 
部屋の広さに対して物があまりない私の部屋。 
玄関に彼を待たせて、掃除の詰めに疑問が残るフローリングに、さーっとワイパーをかけた。 
 
「じゃーどうぞ、ごゆっくり」 
彼を座らせると私はそう言って立ち上がり、玄関を向いた。 
家の近くには24時間営業のファーストフード店がある。私はそこで夜を明かせばいい。 
一晩くらい大丈夫、軽くご飯も食べたいし。 
 
 
「どこ行くの?」 
背中から軽く抱き締められた。 
「ね、寝てていいわよ」 
出来る限り冷静に返答した。 
「えー一緒に寝ようよ」 
……普段なら絶対に阻止するのに。 
 
 
 
私は現実感を失っていて、 
 
一晩くらい大丈夫、なんて思ってしまったものだから。 
 
 
 



 
5月
08
    
Posted (admin) in ブログ on 5月-8-2012

 
普段の私なら無駄だと切り捨てるどうでもいい会話。 
それを彼は、時折ノートに書き付けていく。 
 
 
「どこに住んでるの?」「○○線の端の方」「会社は?」「ここのすぐ近くよ」「通うの大変じゃない?」「急行なら1時間しないで来られるから、そこまでじゃないわ」「朝強いんだ」「……目覚ましを何度も鳴らしてるの」 
 
 
「何の仕事してるの?」「えーと…いろいろよ」「例えば?」「資料作ったり、ほらこういうの」「何の会社?」「えーと…いろいろよ」「それもいろいろ~?」「……総合商社、って言って、伝わる?」「全然」 
 
 
「休みの日は何してるの?」「土日のうち一日半くらいは寝てるわ」「寝すぎじゃない?」「疲れてるの」「他には?」「洗濯とか、掃除とか」「出かけたりしないの?」「遠出はあんまり。ほしいものは近場で揃っちゃうから」「酒は?カラオケは?」「誰かと一緒ならお付き合いはするけど。どっちも一人で行きたいと思うほど好きじゃないわ」 
 
 
改めて話してみると、さみしい生き方かな。 
…自分で話しておきながら、ちょっと落ち込んだ。 
 
気分を変えようと、勇気を出して私から質問をしてみた。 
「…ねえ、あなたは、その……どこに、住んでるの?」 
 
「ん?今はいろいろ」 
「……いろいろ?」 
「今オレ家なくて。先輩とか仲間ん家に世話になってるの」 
「……そ、そう…」 
……いきなり想像を超えた生き方に、面食らってしまった。 
 
 
「あ、ねえ家にパソコン持ってる?色々仕事するんでしょ」 
「え?ええ…」 
「じゃあちょっと貸してよ、見積書作りたい」 
堅い言葉が出てきて驚いた。 
「お仕事に見積書が必要なの?」 
ホスト、じゃないの? 
「ん?副業のほう。修理屋」 
「へえ~…」 
人は見かけによらないわね、と言いそうになったけど、流石に失礼ね。 
 
 
ひとしきり話して、彼はノートを閉じた。 
「帰り○○線だよね」 
「ええ、そうだけど…」 
「付いてっていい?パソコン使わせて」 
「えっ!?え、ダメよ散らかってるし。他をあたって」 
「今日連絡とれないんだよね、皆今日出勤だから」 
 
皆さん”ホストの”先輩、”ホストの”仲間、なのね。そして、泊まる所がない、ってこと…。 
流石に考えた。初対面の人を家に上げるなんて。 
 
でも私が断ったら、この人野宿するのよね……。 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……すごく散らかってるから、覚悟して」 
 
 



 
5月
01
    
Posted (admin) in ブログ on 5月-1-2012

 
「あなたのことをきかせてほしいんです」と、 
私にいきなり声をかけてきたホストのお兄さん。 
 
「はぁ……」と私が生返事をすると、 
「え?」と大きな声で聞き返された。 
右手で右耳を囲い”聞こえないよ”というアクション付き。 
 
そんな大きな声で聞き返さなくってもいいじゃない…… 
と、彼の大げさな仕草にまた怯えながら、私は気づいた。 
 
 
 
 
彼の右耳には、補聴器が嵌められていた。 
 
 
 
 
本当に聴こえないんだ…慌てて出来る限り大きな声で「ど、どうぞ!」と答えた。 
客が何人かこちらを見て、”スミマセン”と軽く頭を下げた。 
 
 
「ありがとう、じゃあ名前教えて」 
普通の人よりは大きな声だけど、そこまで怯えるほどじゃない。 
少し私も落ち着いて、名前を伝えた。 
すると彼は大学ノートを拾い、ボールペンで乱雑に名前を書き付けた。 
 
 
「あ…筆談したほうが、いいの?」 
ノートを指差し、おそるおそる質問してみる。 
 
「大丈夫、普通くらいの声なら聞こえるからー」 
 
「そ、そう。じゃあ、なんで名前を書いたの?」 
 
「いろいろ教えてほしいから。聞いたことをここに書くの」 
 
「そ、そうなの……。 
……あ、あの、それで…なんで私に、声をかけたの?」 
 
「いいじゃん、隣に座った縁!」 
 
この人は聞かなくてもホスト、どう見てもホスト。 
女性なら誰でも声をかけて、いつでもこんな感じなのかもしれない。 
 
 
付き合わずに席を立っても良かったのに。 
私はもう、彼に合わせて話し始めていた。 
「変なの。えーじゃあ何から話せばいいかなー?なんでも聞いてね!」 
会社では絶対にしない、 
似合わない作り笑顔までして。 
 
 
 
 
 
 
 
 
耳が聴こえないから同情したとしたら、最低。 
 
恋のはじまり、としておけば……許してくれるかな。 
 
 
 
あのとき彼と会話する事を選んだ理由は、今でもあまりはっきりしてなくて。